森であそぼ

Playing in nature, playing with culture

山の食事

 

山での食事を考える時は、あまり品数は望めません。店が遠いので、材料はほとんど持ってきたもので済ますのと、コンロも火力の弱いのが二つしかないので、凝ったお料理はできないのとで、メニューはだいたいいつも同じ。朝はパンに少しの野菜とチーズか茹で卵。ハービーが加わってからは果物とヨーグルトもついてちょっと華やかに。夕食は、一日目は小屋を暖めたり何かとやることが多いため、ソーセージを茹でるだけでいいホットドッグと決まっていて、いつもそれ。子供の頃からこの初日のホットドッグが楽しみだったパパにははずせないメニューで、これがないと始まらないそうです(^^)。あとは、パスタやカレー、(ノルウェー風)肉じゃがなど、ワンプレートで済むメニューになります。子供の頃に行ったキャンプを思い出します。

 

お昼になった時にカフェの近くにいるとは限らないので、お弁当は必需品です。ノルウェーの典型的なお弁当は、パンの上にチーズかハムを一枚のせただけのオープンサンド。さすがにそれでは寂しい感じで、日本のタマゴサンドや野菜サンドが恋しくなります。写真はパパが作ってくれたある日のお弁当。(気を遣って)アボカドとキュウリとチーズ入りの「豪華」版です。あとは、みかんとバナナを念のため持参。ハービーはこの「念のため」もいつも食べてしまいます。夏はおにぎりを持っていくこともありますが、冬は手袋をはずさなくても食べられるサンドイッチの方が便利。冷たくなってもあまり味も変わりません。

 

運よくカフェの近くでお昼になった時は、迷わずそこで休憩します。注文するものは、これも迷わずこのお店名物のワッフル。出来立てのホカホカに疲れも吹き飛びます。パパにとってはホットドッグと同じくらいはずせないワッフルですが、今回はパパより手が早いのが約一名...このまま食べてもおいしいし、イチゴジャムをぬってもまたおいしい。

 

 

 

カフェの看板小僧「トロル」の鼻に感心するハービー。「トロルの鼻はながいねー。ぼくの鼻はちいさいねー。」と来るたびにさわります。

 

 

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Advertisements
Leave a comment »

火を起こす

 

ひとしきり外で遊んで帰ってきた後は、火のお世話になりっぱなしです。ヒーターよりもずっと早く部屋があたたまる暖炉の火。自宅にも暖炉はありますが、山小屋の暖炉は生活の要。部屋をあたためるだけでなく、お湯も沸かすし、濡れたくつや洋服も乾かすし、ごみも燃えるものは燃やします。雪に音が吸収され、シーンと静まりかえる長い夜には、パチパチとはぜる火の音が耳に心地よく響きます。炎も一瞬ごとに表情を変えるので、ずっと見ていても飽きません。みんな暖炉が大好きで、ついつい近くに座ります。

 

裏の物置にはまきの蓄えがたくさんあります。夏の間に注文し、適当な長さにそろえて積み上げ、冬に備えておくのです。

 

 

 

この火を起こす、というのが思ったより難しい。薪を組み立て、その真ん中に木の皮を何枚か置いてそこに火をつけるだけなのですが、一回で成功させるためには結構コツがいります。木の皮は火がつくまでに時間がかかるのですが、紙だと薪に火が移る前に燃え尽きてしまい、肝心のお役を果たせません。いったん火がついても空気が足りないと燃え上がらないので、薪の組み立て方にもなかなかの手際を要します。外で焚き火をしようという時は、風があるのでなおさら大変。うまくやらないと火を起こすのに時間がかかってしまいます。時間がかかると手がかじかんで、ますますうまくいきません。お腹も空いてみんなだんだん不機嫌になります。

 

そんな時、ふと思い出すお話が二つあります。ひとつは、スタジオジブリの映画、「魔女の宅急便」。修行中の魔女キキに、あるおばあさんが自慢の魚のパイを孫の誕生日に届けてもらおうとするところです。オーブンが故障してしまって約束の時間までにパイを焼けなかったおばあさんを助けようと、キキが昔ながらの焼き窯に火を起こしている時、おばあさんがこう言います。「お母さまのお仕込みがいいのね。手際がいいわ。」はじめて映画を見た時には何とも思わなかった場面ですが、今は見るたびにうなずいてしまいます。この一言をセリフに入れたライターの方は、実際に火を起こした経験がおありなのではないだろうか、とさえ思うのです。

 

二つ目は、以前パパに薦められて読んだ、ジャック・ロンドンの “To Build a Fire (「火を起こす」)”というお話です。マイナス50度の氷点下の中、濡れてしまった足をあたためようと必死で火を起こそうとする男の、かなり壮絶な様子を描いた短編小説ですが、初めて読んだ時は「何でこれがお薦めなのか」と特に深い感慨も得られませんでした。でも、一度冬の氷点下でうかつにも靴の中を濡らしてしまった時、とっさに頭に浮かんだのはこのお話でした。お話の中での男は一人ぼっちです。もう手の感覚も失っており、指ではマッチを擦れないので手首を使って試みます。マッチの火が皮膚をも燃やすのですが、火種を絶やしてはおしまいなので、そのまま火が小枝に移るまでじっと待っているのです。私たちの山小屋のあたりはせいぜいマイナス15度くらいだし、まわりに人もたくさんいるので、小説の世界とは比べものになりません。でも、程度の差はあれ、危険は危険。パパがこの話を薦めたのは、「靴の紐をしっかり締めなさい、」「首の一番上までボタンを留めなさい」と何度言っても忘れる私への忠告だったのかもしれません。(本人はそんなつもりはなかったと言っていますが、無意識に、ということもありえます(^^)。)

 

さて、電灯もあまりない山小屋では、火は「灯」としても大活躍。部屋も心も明るくしてくれます。

 

 

こんな感じでろうそくがあちらこちらに灯っています。蛍光灯と比べると、やはりずっと暗いのですが、この下で本や新聞も読みます。日照時間が短くて暗い国なのに、なぜか照明もあまり明るくしません。目の色素が薄いので、少しの光でも充分明るく感じる(というか、逆に明るすぎるのが耐えられない)という話を聞いたこともあります。それにしても、こんな暗い中で読書するのに、日本人に比べて眼鏡をかけている人が少ないのが不思議。みんな、コンタクトにしているのかな。

 

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

奥の手

 

 

こちらの人々にとって、スキーはスポーツであると同時に生活の一部でもあるので、多少のことではスキーをあきらめたりしません。障害を克服するための切り札が色々とあり、皆さんそれを使った「芸当」を披露してくれます。「そこまでして...」と思うほどみなさんスキーにはご執心、というより、もしかするとこれは、雪国で生活する人々の知恵なのかもしれません。

上の写真は、まだ歩けない赤ちゃんをひっぱりながら滑るかっこいいお母さん。「プルク」と呼ばれるそりの乳母車、双子ちゃん用もあり、いっぺんに二人ひっぱっているお父さんも見かけました。双子用だと30キロから40キロもあるとか。これを引いて坂を上るのは相当きつそうです。坂を下るのも危なそうな感じですが、みなさんボーゲンを使いながら上手に滑っていきます。

 

 

 

犬の手綱も用途に応じて色々種類が豊富です。犬を散歩させるのは思いのほか大変。一見引っ張ってもらえて楽そうに見えますが、大きい犬の場合かなりのスピードで走るので、自分もそれについていけるくらい上手でないとなりません。小さい犬の場合はまた別の意味でちょっと大変。あっちやこっちに行って全然思うように走ってくれないので、手綱が足に絡まっていつもこけそうな状態に。義両親のダックフントにもいいように翻弄され、全くの役立たずを露呈した私。ハービーには笑われっぱなしです。

 

子供にスキーを教えるのも自分に余裕がないとできません。手をつないで坂を滑り降りるのでさえ、誘導がしっかりしていないとすぐこけて悲惨な目に。何回かやってみて私では頼りにならないと悟ったハービー、2日目以降は坂のところにくると「おとうさんと手をつなぎたい」と厳しいひとこと。ここでも母の出る幕はありませんでした。のぼりを手伝う時もあの手この手で一苦労。励ましの声をかけることしかできない私を恨めしそうにみつめるハービー。疲れてしまって一歩もうごけない彼を助けてくれたのは、お父さんの「人間リフト」でした。両足の間にストックを挟んで引っ張ってもらいます。

 

 

 

苦労して登ったらご褒美のお楽しみが待っています。今ではすっかりスピード狂のハービー。「もうすぐ下り坂だよ」というと目の色が変わります。ハービーにとっての切り札はそり。この日は「もういちど」を何度も叶えてもらい、心ゆくまで楽しみました。

 

 

 

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

山のあいさつ

 

今の季節だと、山の外遊びといえばスキーです。老若男女を問わず、いろんな人が滑っています。「足にスキーを履いて生まれてくる」と言われるほどのノルウェー人、スキーにかける情熱や意欲はさすがです。ここにはデンマークやドイツ、オランダなど、色々な国から来ている人がいますが、顔が見えなくても滑り方だけで見分けがついたりするほどです。

 

大人はもちろん、子供も上手:

 

 

 

犬も:

 

 

 

そして、おじいちゃんも:

 

 

通りすがりにハービーにあいさつをしてくれた気のよいおじいちゃん。山に登る人はみなそうかもしれませんが、ここでもすれ違う人と目が合えば、知らない人でもあいさつをします。そんなルールがすっかり気に入ったハービー。「ハ~イ、ハ~イ」と誰かれかまわず声をかけます。でも、スピードが速すぎる場合は返事の出来ないことがある、という事情をよく飲み込めない彼。「無視」される度に「へんじしてくれなかったよー」と泣き顔に。「速すぎて返事が出来なかったんだよ」と言うと、「どうしてそんなに急いでいるのかなー」といぶかしげ。ところが、パパの足に挟まれて、いざ自分が急降下の時には満面の笑顔。1時間以上かけて登った坂をたった1分で滑り降り、「もういちどやる!」と聞きませんでした。

 

小屋に帰る道のりも考えないといけなかったため、もう一度は無理だったのですが、これに味をしめて以来、滑り降りる人をうらやましそうに見つめるハービー。今度は後ろから「いってらっしゃ~い」と手を振っていました。返事をしなくていい訳がどうやら分かったみたいです。

 

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

ひいおじいちゃんの山小屋

 

私たちが冬休みを過ごした山小屋(ヒッタ)は、パパのおじいちゃんが建てたもの。残念ながら随分前に亡くなったので、ハービーは曾おじいちゃんを知りません。でも、この小屋は「ひいおじいちゃんのやまごや」と言って親しんでいるようです。上の写真は居間の様子。これに、簡単なキッチンとトイレ、寝室があるだけの小さな小屋。私が初めてここに来たのは、ある秋のはじめでした。紅葉を楽しんだり、ブルーベリーを摘んだりしたその時は、「ちょっと旧式のかわいいコテージ」という印象を受けたはずなのですが、次に真冬にここを訪れた時、あまりの厳しい環境に、「とりあえず風雪と寒さをしのげるだけの簡易シェルター」とすっかりイメージを塗りかえてしまいました。破裂したトイレの水道管から漏れた水が、20センチの厚さの氷となって床一面を覆っており、丸二日間、氷を割ってはかき出す作業に明け暮れた体験が、イメージチェンジに拍車をかけたのかもしれません。

 

そんなこともあって、冬に来るには勇気と覚悟のいる山小屋も、パパにとっては別にサバイバルでも何でもありません。子供の頃から慣れ親しんだ、一番リラックスできる場所。季節によって全く印象が変わるほど、自然の影響をダイレクトに受ける山小屋ですが、ここで待っているのは「無心」の世界です。田舎に住んでいるとはいえ、家にいる時はぬぐいきれない雑念の数々。「何時までにこれをしなくちゃ、」「明日までにこの準備も、」「あの人への連絡も忘れずに」と、なんだかいつもバタバタしていて、ハービーもなんとなく不満そう。「ねー、いっしょにあそぼうよー、」「ねー、これ読んでよー、」いつも「ねーねー」おねだりばかりです。悪いなあと思いながら、私も用事を済ませたいばっかりに、ついつい自分の都合を優先する傾向が。でも、山小屋に来ると「大人の都合」がなくなります。できることが極端に限られ、いつもの人間関係からも離れてしまうので、「しなければいけないこと」がなくなるのです。強いて言えば、ここでしなくてはならないのは外で遊ぶこと。外遊びを中心にあとの生活がまわります。追われるものがないので、大人も余計な心配をせず、無心になって遊びます。大人もあそぶ、子供もあそぶ、大人も食べる、子供も食べる、大人も寝る、子供も寝る。大人と子供の世界がひとつに重なる空間です。

 

それが分かるのか、この一週間ハービーは終始ごきげん。ここにはおもちゃもそんなにないのに一人機嫌よく遊び、テレビを見たいとも言い出しませんでした。不便であるがゆえの満ち足りた生活。足りないがゆえに芽生える感謝の心。普段の生活態度を見直すいい機会でもあります。今回は天候に恵まれ、山時間のいいところを楽しんだハービー。明日よりしばらく、その様子を綴ってみたいと思います。

 

*****

 

旅行から帰ってきた家の中はやることが山積み。さっそくあたふたと動き回る母親に、山気分が抜けず昨日と同じように遊んでほしいハービー(とパパ)。普段の生活に戻ってからも、母の生活態度の変革が余儀なくされそうな気配です。

 

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

夕焼け

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

ドンパップ日和

 

お天気がよく、ドンパップがたくさん来た日曜日。とってもかわいい姿が撮れました。この日は15羽から20羽も一本の木にとまっていました。

 

 

鳴き声もかわいいです。

 

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

足あと

 

動物が好きなパパは、森でいろんな動物の形跡を見つけるのが得意。足跡や糞、草の倒れ具合を見ては、「ここは鹿が通ったな」とか、「ウサギが出てきたみたいだよ」とか教えてくれます。うかつな私はその点、何も気づきません。いつも、「へー」と感心して聞くばかり。でも、この日はめずらしくきれいな足跡を発見。「見て、見て、これは何の足跡?」と騒ぐ私の興奮も、パパの「猫だよ」の一言であえなく終結(笑)。よく見たらその辺、いたるところにありました。

 

そりに夢中で、この会話を聞いていなかったハービー。「これ、何の足跡だと思う?」と聞いたら、そんなのあたりまえじゃない、という顔をして、「プーさんのあしあとだよ」と答えました。

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

ヒッタ

 

長い休みが取れると、ノルウェー人たちはよく「ヒッタ」と呼ばれる山や海の別荘に出かけます。日本ではドイツ語の「ヒュッテ」がお馴染みの言葉です。別荘というと聞こえがいいですが、パパの両親の別荘は失礼を承知で言うと、「掘っ立て小屋。」かろうじて電気と水は通っていますが、シャワーも洗濯機もなく、お湯も出ません。水洗トイレが家の中にあるだけでもありがたく、外に(水洗ではない)トイレがついている小屋も珍しくありません。自然の中に身を置くが好きなノルウェー人、「極限に挑戦」ではないですが、たまにいつも以上に原始的な生活を送りたくなるようです。

 

我が家も今日から土曜までヒッタに行きます。文明の利器から隔離されたヒッタ、インターネットももちろんありません。今日からしばらくの間、自動更新になります。お天気のよかった日曜日に撮った写真です。楽しんでいただけたらうれしいです。

 

これは2年前の3月に行ったときのヒッタの写真。屋根に届くほど雪が積もって、入り口をふさいでいます。ヒッタに行くと、中に入るのにまずこの雪かきから始めなくてはなりません。今回は一足先にパパの両親が行っているので、雪かきはしなくてもよさそう (^^)。でも、もし水道が凍っていたら、近くの井戸まで水汲みです。(屋根の上に見える茶色いものは、ダックスフントのお尻です。)

 

帰ってきたら、また様子をお伝えしたいと思います。

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »

通じ合う心

 

今日から一週間の冬休み。パパの仕事もお休みです。久しぶりに近所の園芸店へ行きました。種や苗、挿し木など栽培用の材料がかなり充実しています。ノルウェー人は、男の人もガーデニングが結構好き。パパも、子供の頃は父親にたのまれる草刈りが大嫌いだったのに、今では夏じゅう毎日花の様子を気にするほどガーデニングにハマっています。最近は早く種の植えつけの始めたくてソワソワしている様子。折りしも、ハービーが「はなのたねをうえたいなー」と言いだしたので、ひまわりの種を買いにきました。

 

店の中に入ると、1月にはなかった色鮮やかな花がたくさん。一番最初に目にとまったのは、ムスカリの花でした。地中海沿岸が原産のこの花、こちらで親しまれるようになったのは最近のことだそうですが、今では水仙に先駆けてお店にならぶ、春の訪れを知らせる使者のような存在です。小さくて控えめなのですが、鈴のような花をいくつもくっつけている様子に、なでしこのような愛らしさを感じます。ちょっと気になって花言葉を調べてみると、「寛大な愛」「明るい未来」「失望」「通じ合う心」とありました。はじめの三つはともかく、ノルウェー人に「通じ合う心」なんてあるのか、と少し皮肉な質問をしてみたら、答えにつまってプロレスを仕掛けてきたパパ。もちろん例外はあるのでしょうけれど、日本人と比べると、なんとなくノルウェーには気の利かない人が多い気がします。

 

どちらがいいとか悪いというのではなく、これも文化の違いからきている差。ノルウェー人にとっては、そもそも「相手はこんな風に思っているだろうか」と推測すること自体が失礼なこと。それに加えて言われもしないことを良かれと思ってしてしまうと、それはむしろ嫌味になってしまうのだとか。ひそかに「私のやり方の方がいいですよ」とアピールしているみたいになるそうです。自分のことは自分でするのが好きな人も多いので、他の人に何かをしてもらうことをあまり期待していません。だから、他の人も自分のことは自分でやりたいのだろうと思っていて、余計な手は出さない。自分と他人のテリトリーをはっきり分けているような気がします。自分がしたいことはきちんとするし、他の人にもやりたいことはやってもらいたい。他人が都合を自分のために曲げてくれるようなことがあると、逆に気がとがめるのだそうです。

 

それにしてもうちのパパは気が利かなさすぎ。言葉の背後にある意図を全く読もうとしません。「私の時計知らない?」は「知らないよ」の一言で、「この道、長いと思わない?」は「思わないけど」の一言で片付けられてしまいます。そこで「一緒に探そうか」とか「休もうか」とかいう風にならないところがお約束。そういえば、知り合って間もないころ、ホームパーティーに誘った時、「たいしたものはないけれども、夕食を食べにきてね」と言ったら、本当に夕食をしっかり食べてから、約束の時間を1時間半もオーバーして来た彼。「こんなにご馳走があるなんて言ってくれなかったじゃないか」と私をうそつき呼ばわりしましたが、「ご馳走いっぱいあるからね」なんて、大和撫子には言えませんでしたから(^^)。

 

今ではカレー一品でも、「今日は豪華メニューだから」と言っちゃいます。

 

 

 


子育てスタイルに参加中♪

応援クリックしていただけるとうれしいです。

Leave a comment »